みらいへのバトンVol.3 「『おいしいは幸せ』の体験が自分の源」杉本直子さん

生まれ故郷を思い出す郷土料理。その土地ならではの食材や風土をいかした食文化が各地にある。
料理にぐっと妙味を与える『だし』もまた同じ。
昆布や鰹節、煮干し……産地と当時の流通によって、それぞれの地域に根付いただし。
いまでこそ、地域を越えて、どのだしも味わうことができるが、それでもやはりその地に馴染んだだしがある。
今回のみらいへのバトンは、煮干しいりこの名産地、長崎雲仙市の歴史ある網元、『天洋丸』が実家で、
幼少期から天然素材の味わいを体感してきた杉本直子さんの登場だ。

プロフィール
杉本直子さん

長崎生まれ
ヨーガサークルbija主宰
「ヨーガは、心穏やかに自分らしく、人生を楽しんで暮らすためのツール」
大人のサークル活動的なヨーガ教室を展開。

身近にはいつも、いりこ

小魚を煮て干した煮干し。九州では『いりこ』で親しまれ、関西では『じゃこ』、関東では『煮干』と表現される。長崎県はいりこの製造が日本屈指。
その長崎県の南東に位置する島原半島西端の一角、南串山町。北西に広がる橘湾では、いりこの原料となるカタクチイワシ漁が盛んだ。時代の変化に対応しながら、地元漁猟を守り、また発展に向けて活動し続ける巻網船団『天洋丸』。創業明治4年の堺屋商店が前身で、当時は魚類を始め、いろいろな商材を扱っていた。巻網船団を設けたのは昭和に入ってからだが、漁業の歴史に携わってきた老舗だ。

天洋丸を実家に持つ杉本直子さん。大漁期には天草や熊本からも漁師たちが来て、実家の2階に寝泊まりし、活気に満ちていた昔の様子を振り返る。
「小さい頃から、朝食には、獲れたてで脂ののったカタクチイワシのお刺身や刺身丼が、定番のように出てきました。新鮮だから臭みもなくて本当においしいの。イワシは『七度洗えば鯛の味』って言うほどですしね」。
杉本さんにとっては当たり前の朝食だが、これは羨ましいほどの網元ならではの特権だ。
「子どもだったからそのありがたみはよくわかっていなかったかも(笑)。実家を離れてから、恵まれた環境だったことが理解できるようになりましたね」。

日常、気軽に手に入ると思いがちないりこだが、いりこのためのカタクチイワシを捕獲するときに、天洋丸は7隻もの船団を組むという。
漁網を積み、投網、揚網を行う『本船』、船魚群探知機で漁場を探索し、集魚灯により魚を集める『探索船』、魚の鮮度を保ちながら、加工場へ運搬する『運搬船』、網船を安定させる『レッコ船』などだ。
午後7時に出港し、夜を徹して捕獲、多い時で水揚げを6回繰り返す、そして港に戻るのが午前8時。
漁業許可範囲が湾内のみなので、そこにイワシが回遊してくるまで待たねばならず、自然が相手だけに定量確保は約束されない。その上、成長して脂肪含有量が多くなったカタクチイワシだといりこには適さない。さらに、加工時の鮮度も要求される。実はとても厳しい条件のもとでいりこは作られていることがわかる。
私たちがおいしいものを食べた時に体と心に沁みわたる悦びは、こうした生産者の努力の賜物だ。

(天洋丸ホームページから転載)
上:昔の天洋丸の網船。木の和船だった
下:天日干しの様子は迫力
(現在は機械乾燥)

干すことで旨味がぎゅっと凝縮。
そのままでもおつまみに

本当のおいしさを知ることは料理好きに

杉本さんにとっては、幼少期から身近な存在のいりこ。
毎日のように食卓に登場する。いりこを使った料理写真をfacebookにアップしたところ、「おいしそう!」と実際に作ってくれる人が多くなった。
「『いりこってだしの素材だと思っていたけれど、そのまま食べられるんですね』と言われ、驚きましたが、それは単に知るきっかけがなかったんだなあと」。
網元に生まれたことは、地元の食をいろんな人に体験して味わってもらいたいという気持ちを自然と育んだ。天洋丸が実家じゃなかったらそこまでの思いはもたなかったろうと杉本さんは言う。

そして、思い出とともに舌に残る家庭料理。たちうおの桜干し(みりん干し)、ふぐのがねだき(甘辛醤油煮付け)、アラカブ(かさご)の煮付けや味噌汁など、料理好きの母親によって、小さい頃から素材をいかした料理に馴染んでいた杉本さん。
日々おいしい食事を食べさせてもらったことが自分の味覚や体を作っていることを、大人になって実感している。
「田舎で育った人の特徴かもしれませんが、近所の農家からもらった採れたて野菜や時季の魚などを用いた、旬に忠実な料理を食べていたから、季節の変化によって、体が旬な食材を欲するんですよね」。

食事に対してこだわりがあるのか聞くと、「食べたいものを作る」。
いたって、シンプルな答えが返ってきた。
「今日何を食べようかと時間をかけて考えることってあまりないですね」。
つまり、暑い夏は体を冷やしてくれるきゅうりやトマトとか、疲れた時はやや濃い目の味というように、基本的には体が欲するものを作るのが杉本流。
「食べたいと思う気持ちに素直に作るから料理も苦じゃなく楽しいんです。おいしいという味覚は人それぞれだけれど、食べることは、素材についての発見や、組合せの妙もあって楽しいですよね」。

「いりこは栄養価も高いし、日常料理からパーティ用の一品など実はアレンジの幅が広いんですよ」と、杉本さんがいりこの簡単レシピをお披露目してくれた。
「文右衛門蔵は生産者の素材にこだわった調味料なんですね。特にだしが加味されたしょうゆに惹かれました」と、今回は出汁しょうゆでの一品。

混ぜた具に出汁しょうゆを
回しかけるだけで立派な一品に

いりことアーモンドに、
マーマレードと煎り酒を
加えた一品も手軽でお勧め

雲仙市郷土食にもなっている自転車飯。昭和2年開催の「島原半島一周自転車競走大会」で、応援に駆けつける際に作った醤油飯(しょいめし)のおにぎりを自転車飯と呼ぶようになった。醤油飯は醤油と常備の煮干しを入れる炊き込みご飯をいう。天洋丸では橘湾産のいりこを使って「自転車飯の素」を販売(写真:TARO)

『いりこのアボカド・クリームチーズ和え』作り方(2人分)

【材料】
・いりこ:20グラム
・アボカド:半個(一口大にカット)
・クリームチーズ:40グラム(一口大に手でちぎる)
・出汁しょうゆ:適量

【作り方】
①アルミホイルの上にいりこをのせ、トースターやフライパンで乾煎りする
②ボウルに具をすべて入れ、出汁しょうゆを絡める

「朝の顔で元気がつながる」

食の悦びが伝染する楽しさを語る杉本さんのモーニングプレート。
ある朝、フルーツを手の動きに任せて並べたら、顔みたいになった。facebookにその写真を載せたら、「かわいい!」「自分のペットに似てる」「朝から笑って元気がでる」などと反響がいっぱい。
「こちらもすっかり楽しくなって、毎日じゃないけれど恒例になっちゃいました」と杉本さん。
パーツに使われている食材に興味を持つ人がいたり、ちょっとしたことが軽やかな笑いを誘い、みんなの元気が出る源になっている。

昔、「おいしい顔ってどんな顔?」なんていうCMソングがあったが、おいしいものを食べると、みんな自然と笑顔になる。食はそれだけ心を豊かにさせること。
「いりこ然り、おいしいものや素敵なものと出会うと誰かに教えなくちゃという気持ちがわいちゃうんです」
幼少期から、厳しい自然を相手に出漁する漁師たちの気骨に接し、そして貴重な海の幸に恵まれたことへの感謝が杉本さんの源にあるのだろう。
「自分だけの悦びではもったいないし、心を豊かにすることを教えあったりするのって楽しいことですもの!」。
杉本さんの「おいしいは幸せ」の体験は、生産者や作り手の思いに添った発信となって、さらなるハッピーの連鎖を呼んでいる。

文右衛門蔵はいかがでしたか?

出汁しょうゆといわれるだけあって、旨味も加わってバランスの良い味わいですね。
これなら料理する時にアレンジしやすいと思いました。

取材・文/山本詩野 写真/松本祥孝

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