みらいへのバトンVol.7 「胃袋も心も満たす魚河岸は400年変わらぬパワースポット」齊藤珠美さん

深夜から早朝にかけて活気にあふれる中央卸売市場築地市場。一日で約2000トン強の魚介類が取引されるという。
荒々しい口調が飛び交う中で小さな箱から顔を出し、お客さんとテキパキやりとりをする女性が一人。たまちゃんの愛称で親しまれる齊藤珠美さんだ。
日々、目の前で大量の海の幸が動く。江戸時代から続く魚河岸で、人の粋に触れ、また食のありがたみを知ったという。
今回は、今年の11月に豊洲に大移動する日本の台所、築地市場からお届けする。

プロフィール
齊藤珠美さん

IT業界、水産業専門ライターを経て、(株)築地太田に就職。お帳場さんを担当。
休日朝のメニューは代謝をあげるのに必ずグリーンカレーを作る。
(株)築地太田
http://www.tsukiji-ohta.jp/

魚好きが高じて魚市場に転職

IT業界に勤めていた齊藤珠美さん。多忙で“深夜帰りは当り前”が辛くなり、転職を決めた。雑誌社に入り、担当したのは水産年鑑や、水産小六法、水産週報という水産専門のライター。
おやつはタタミイワシというほど幼少期から魚が身近だったが、さらにこの経験が齊藤さんを魚好きにさせたようで、「よし、築地で働こう!」と、水産仲卸会社に就職した。

取引のスピードが命である場内は男社会、やりとりの荒々しい言葉が飛び交う。
その中で、すし屋や居酒屋など顧客からの注文リストを次々と現場担当者にさばき、お金を扱う『お帳場さん』が彼女の仕事だ。齊藤さんのいる店では養殖真鯛だけでも1日500kg強、休日前は1トン前後が動く。

出勤は夜中の1時で、そこからFAXや電話、ネット注文の整理。各顧客の注文品がそろい、目方と1kg当たりの単価が明確になったら伝票入力や発送手配。5時から8時がピークになる。仕事完了は午前11時頃だ。

「一般的な時間帯で生活したいと思って転職したはずが、昼夜逆転した生活になっちゃいました(笑)。日々繰り返しのように見えるけれど、旬があり、新しいお客さんとの出会いもあるから同じ日がないんですよね。一日一日で完結するのが私の性に合っていたようです」。

2人がやっと入る程度の小さな帳場。夏はサウナ状態で、冬は暖房もなく極寒の厳しさ

魚河岸で継がれる風情

脈々と日本の台所をまかなってきた市場の仲卸は、いま3代目が仕切っている店が多い。場内にひしめく仲卸。えび、川魚、くじらなどの各専門もあり、長年の得意分野でそれぞれが発揮する。
注文品が自店にないときは他店から“借りる”(入手することを言う)。仲卸同志を『仲間』と呼び合うのも昔から続く場内のならわしだ。

符丁(ふちょう/金額の言い方)は、他にわからないよう各仲卸で違うそうだ。1150円を『ぴんぴんご』という店もあれば、齊藤さんのところは『べんべんか』。
「そのうえ、魚は出世魚があるし、覚えることが多すぎて学生時代より勉強しました(笑)」。

齊藤さんが一番苦労したのが顧客とのやり取り。電話相手はせっかちなうえに古い付き合いの人が多く、名乗らない。名前を尋ねれば、「わかるやつを出せ!」と怒鳴られる。ひたすら受話器に集中していたら、そのうち声だけでなく、それぞれのお客さんの癖(頼み方)もわかるようになり、今では「たまちゃんに替われ」と指名されるまでになった。
すっかり、市場の顔になった“たまちゃん”。「長年続く魚河岸、は信頼の積み重ねで成り立ってきたんだなあと思いますね」。

場外の海苔屋さんも馴染み顔

海の幸に感謝の思い

市場に勤めるようになって、多種多様な魚の存在はもちろん、自分が目にしてきたサイズ感との違いにびっくりすることも。自然界の醍醐味に圧倒され、感動する毎日。そして、年々、温暖化で旬のずれていることも実感している。
「陸が晴れていても、海上は強風の荒れ模様で魚が入らないこともあります」。
漁師がいかに危険とともに海に出ているかも知り、改めて、食のありがたみを考えるようになった。
私たちの食卓のずっと裏の舞台では、たくさんのエピソードが紡がれている。
そんな一面に触れるのも魚河岸だ。

さて、今回、たまちゃんが文右衛門蔵を使って伝えてくれるレシピは魚河岸ならではの『ばくだん丼』。
市場めしともいわれ、昔から親しまれる。
「煎り酒の梅肉の爽やかさが、お刺身と相性が良いですね」ということでまぐろの中落ちをたっぷり乗せて煎り酒バージョンを披露。
これは、食欲の落ちやすい季節にも嬉しい一品になりそうだ。

煎り酒の爽やかな
風味がまぐろにぴったり

海苔の香ばしさが
アクセントに

市場めし「ばくだん丼」(1人分)

【材料】
*卵以外すべて好みの量で。
・マグロの中落ち
・納豆
・オクラ(茹でて輪切り)
・長芋(千切り)
・たくあん(千切り)
・卵黄 1個分
・薬味各種(しそ、みょうがなど)
・白ごま
・ばら海苔
・煎り酒
・ご飯 

【作り方】
①それぞれの具材をご飯に乗せる。
②ばら海苔を載せ、その上に卵黄を乗せる。
③煎り酒を回しかけて出来上がり。

食を愛する人たちが集うパワースポット

専門家が集う場内、観光客も加わり賑わう場外。築地では、ここで働く人も外から来る人も個性的な人たちが多いそうだ。
市場界隈の飲み屋で隣り合わせ、というのが縁の始まりになることも多々あり、場外にオフィスを持つ大石悦子さんや、同じ仲卸仲間の山本貴史さんは、たまちゃんにとって心強い存在に。そして、料理家の上島亜紀さんとは意気投合し、温泉に行く仲にまでなり、亜紀さんの影響で味噌はすっかり自前。発酵食や調味料の大切さを知るきっかけとなった。
「手作りするようになって、よりおいしさを感じますね。築地にいると、人との出会いで学ばされることもたくさんあります」。

また、亜紀さんとは旬の魚をテーマに、参加者がさばいて作る料理教室を開催している。
「せっかく海の幸に恵まれているのだから、魚離れの人たちに、魚の魅力を伝える機会を作りたかったんです。それが魚河岸に魅せられた私の使命かな(笑)」。

400年以上昔にできた日本橋の魚河岸が、中央卸売市場築地市場として今の場所に開設されたのは、近代化や関東大震災などを経た昭和10年。
今年の11月には豊洲に移転するが、食を愛する人たちが集うパワースポットであることはずっと変わらない。
海に囲まれた日本ならではの魚食文化で、生きるための最も中枢である食に携わっていることの喜びが、今日もまた深夜出勤するたまちゃんの励みになっている。

大豆の風味がしっかりした
自前の味噌

場内のえび専門店で働く山本貴史さんは、山口県の『道の駅』で野菜を扱っていた。 「流通を学ぶには築地」と転職し、その魅力にはまったとか。 体を酷使する山本さんに配慮したたまちゃんの手料理は「お世辞じゃなくて本当においしいですよ」
(株)加藤水産

長年場外の一角で、広告企画制作、シルクスクリーン制作などを手掛けるMerry Cabの代表、大石悦子さん(左)。「築地の悦子さん」と親しまれる。 お隣は築地の目利き「おぐま屋」代表清水さん。たまちゃんとは神輿つながりだそうで、飛び入り参加!
Merry Cab

文右衛門蔵でもおなじみの料理家、上島亜紀さん。 たまちゃんと毎月ペースで飲む仲。たまちゃんと一緒に、魚の魅力をもっと伝えようと旬の魚をテーマに料理教室「魚魚会」も開催。 http://ameblo.jp/aqep/

文右衛門蔵はいかがでしたか?

醤油ともみりんとも違い、まろやかな酸味がおいしく感じました。魚も野菜も相性が良い調味料ですね。活用度が高くなりそうです(笑)

取材・文/山本詩野 写真/松本祥孝

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