みらいへのバトンVol.9 郷土菓子 それは幸せと誇りの証し 林周作さん

口に入れると幸せの情景がふわっと甘く蘇る。そんなおやつが誰の心にも刻まれているだろう。それは、日本人だけでなく万国共通だ。
世界各国を訪れ、自分の足で郷土菓子を見つけ、自分の舌で分析してその味を再現する。
世界中の大人たちが忘れかけていた大切な思い出をくすぐる人、林周作さんの登場だ。

プロフィール
林周作さん

1988年京都生まれ、2008年にエコール辻大阪フランス・イタリア料理課程を卒業。
郷土菓子研究社主宰。世界各国を自転車で旅しながら郷土菓子を直感で探し求め、自分の舌で再現する稀有な菓子職人。訪れた国は現在(2016年)32カ国、調査した郷土菓子は300種以上に上る。著書『THE PASTRY COLLECTION』にはヨーロッパから中東までの郷土菓子を収録。現在は渋谷のビノワカフェで世界の郷土菓子を月ごとに紹介する。
http://www.kyodogashi-kenkyusha.com/

小学生で目覚めた料理の楽しさ

小学生の頃、近所のお好み焼き屋さんで、目の前でどんどん作られていく様子を見て、料理人になろうとおぼろげながら決意したという林周作さん。
どんな風に作るのか、料理本も見ずに自分で一からやってみたいと、親の留守中にパンを作った。
「発酵なんていう過程があることを知るわけがなく、卵か水かなんらかの液体を小麦粉と混ぜて焼いただけなんですよね」。
できたのは、何とも言えない不気味な硬い塊。もちろんまずかった。
「バレたら怒られるからコンビニのゴミ箱に捨てました(苦笑)」。

それでも林少年はめげず、ショートケーキを作るときはスポンジから作ることも面倒がらずに、家にある料理本を引っ張り出してはトライ&エラーを繰り返したという。
「母は洋菓子をよく作ってくれて、もちろんおいしいんですが、それよりも僕は自分でやりたい気持ちが強かったんですね」。
作ったものは家族や友人に感想を聞くので、いつの間にか学校では『お菓子づくりの林』が定評に。高校生になってからは、他人のバレンタインのお返しを作ってあげたり、
さらには、冷めたお弁当が苦手で、パンなら冷たくてもおいしいからと毎朝3時に起きて自分で焼き、お昼に持って行っていたという脱帽するエピソードも。

「高校時代に家族で行ったイタリアが、食文化の違いの面白さに気づかせてくれました」。その後、エコール辻大阪に進み、フランス・イタリア料理を学んだ林さん。卒業後は本格派のイタリアンレストランやパン屋で働いたが長続きしなかった。
「いわゆる『これがやりたい』という強いものがなかったんです。でも、言われたことを指図されてやるのが面白くないなって、ずっとモヤモヤ思っていました」。
世の中にないもの、誰もやっていないものをやろうと、思いついたのが『郷土菓子』だった。

衝撃のマジパンが人生を決めた?

イタリア、フランスの定番の地方菓子を作り、知人の店に置かせてもらっていたが、4つのアルバイトを掛け持ちしながら貯めた100万円。
これがその後の林さんにとって『やりたいこと』を明確にするきっかけにつながる。
貯めたお金で3か月、バックパッカーの旅を満喫した。もちろん郷土菓子の食べ歩きだ。フランスの空気が感じられるモロッコの綺麗なお菓子。食の世界にも陸続きの歴史の影響があることを垣間見た。イタリア、スイス、ハンガリー、ポルトガルなど、アンテナを高くはりながら、ローカルに親しまれるお菓子を探し求めた旅は貧乏旅行ながらも、実り豊かな旅だった。

「フランスのリヨンで、マジパン菓子の『クッサン・ド・リヨン』を食べた時は目から鱗でした。日本ではマジパンが間違って伝えられている。伝道師にならねば!と思ったんです」。 マジパンといえば誕生日やウエディングのケーキに乗っている人形や動物、それらを想像するなら、読者の皆さんは紛れもない日本人だろう。
ヨーロッパでいうマジパンは生ア-モンドと砂糖を練りあわせたペースト状のもの。
「アーモンドの香りがふわっと鼻孔をくすぐり、品の良いやわらかい感触が……」、思いを熱く語っていたら、東京のギャラリーで「旅と郷土菓子」をテーマにトークを交え、マジパン菓子を再現する展覧会を行うことに。郷土菓子研究社を立ち上げ、日本の迷えるマジパンを救った林さんは、展覧会直後、「僕、もっと勉強してきます!」と、またも郷土菓子を求めて旅立った。

『クッサン・ド・リヨン』は絹織物の産地を象徴するクッション型のリヨンの伝統菓子。 フランス遺産菓子としても登録されている。
(林さん提供写真)

行程550日、走行距離6600km自転車でユーラシア大陸横断

フランスのVISAを取り、アンジェのブドウ農園とアルザス地方の老舗菓子店で働いて8か月。多忙すぎて、ヨーロッパを陸伝いに郷土菓子めぐりする計画が全く進んでいなかった。VISAの期限も迫り、急きょ、予定変更。ゴールを上海に定め、ユーラシア大陸を旅しながら郷土菓子を探す計画に切り替えた。なんと、脚は自転車!その時の所持金はわずか20万円。上海までの日数を約500日と想定すると1日の使えるお金は400円。研究のお菓子を買うだけで終わってしまう。

そこで、現地の郷土菓子リポートをフリ―ペーパーとして毎月発行することに。日本の店舗やカフェに置いてもらい、SNSでもスポンサーを募りながら旅路を進めた。林さんの妄想癖を加味した文体が他にはないリポートとして話題になったが、予想以上に、世の中の郷土菓子への関心度は高く、「行けない自分の代わりに食べてきて」と、多くの応援が集まった。
郷土菓子と旅の濃厚な物語を綴ったこのフリーペーパーが、後に書籍へと発展することを、この頃は微塵も想像しなかった林さんだった。

旅のルールは、移動は可能な限り自転車で。宿泊費をうかすため、行った先で家々をまわり交渉。必ず現地語で「自分は郷土菓子を研究している」「今晩泊めてほしい」「ありがとう」と画用紙に書いて見せる。英語もままならないので後はボディランゲージを駆使。成立したらお礼には日本の団子やどらやきを作ってもてなす。
「宿泊先を見つけるのに時間がかかることがあっても成立度は高くて、日本人は好印象を持たれているんだなあとしみじみ実感しました。先人に感謝です」。

ネットで事前に郷土菓子の情報を調べることはせず、市場をのぞいたり商店街を歩いたり、直感で探すことをモットーにしていた。レシピがないものは食べて、背景を調べて分析する。トルコの南東に位置するアンテプを旅したときは、地元では日常当り前のように食べられていても、多くのトルコ人が知らないほどのマイナーなお菓子を発見した。

さて、今回、林さんが披露するのは、揚げカッテージチーズという印象が強いルーマニアの代表的な郷土菓子『パパナシ』と文右衛門蔵のマリアージュ。
実はウクライナに入る前に盗難にあい、人間不信に陥っていた『旅の低迷期』に出会ったお菓子だそう。

遊び心あるデザインで、
旅先の国から郷土菓子や
エピソードを定期的に発行
(林さん提供写真)

一つのバッグは
宿泊のお礼の和菓子作り
セット専用。
カンボジアでは修行僧と
お寺に一泊した。 (林さん提供写真)

醤油パパナシ作り方(2人分)

【材料】
カッテージチーズ 400g
卵 80g
グラニュー糖 120g
バニラのさや 2本 
文右衛門蔵丸大豆しょうゆ 45ml 
ベーキングパウダー 大1 
強力粉 250g 
打ち粉(強力粉)  適量
サワークリーム 100g
クロテッドクリーム 50g
グラニュー糖 20g

【作り方】
①水を切ったカッテージチーズ、卵、グラニュー糖、割いたバニラのさや、醤油をボールに加え混ぜ合わせる。ベーキングパウダー、強力粉を加え、よく練り合わせる。2時間休ませる。
②打ち粉をしながら球状に整え、油で薄茶色に色付くまで揚げる。
③サワークリームとクロテッドクリーム、グラニュー糖を合わせたクリームで盛り付ける。

お菓子のあるところには幸せがある

「海外ではとにかく甘いだけというお菓子が多いのですが、日本は甘さにもバリエーションがあるし、本当に繊細ですよね」と、引き算で完成させる日本の表現を再認識した林さん。
一方で、「各国を周って、おいしいとは思えないお菓子もたくさんありました。でも、味だけじゃない魅力が郷土菓子には感じられます」と話す。

訪れた国の多くで、女性に限らず男性も、家で母国のお菓子を作っている姿に接して、郷土意識の濃さを見た。
「どの国でも、郷土菓子にみんな誇りを持っているんだとわかりました」。

『郷土菓子』が自分のやりたいテーマとして明確なものになった林さん。
「お祭り、結婚式、日常の市場にしても、お菓子がある場所は笑顔があり、幸せがあります。世界中にある幸せの源を伝えていくことが僕の役割かなあと。そして、僕の旅を応援して支えてくれる人たちへのお返しでもあります」。
世界は広し。林さんの旅はまだまだ続く。


「おしょうゆとの相性がよさそうでパパナシでいちばん試してみたかったんです」

つり下がっているのはトルコの北東の国、
ジョージアの郷土菓子『チュルチヘラ』。
煮詰めたぶどうジュースで
ナッツがくるまれている。
(林さん提供写真)

文右衛門蔵はいかがでしたか?

醤油とは思えないバトンのパッケージが可愛いなあと。キッチンに置いて人に見せたくなりますね。使ってみて、味がしっかりしていて、濃い醤油だと思いました。お菓子のアクセントにもバッチリです。

取材・文/山本詩野 写真/松本祥孝

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