みらいへのバトンVol.11「育む未来の地域力」安藤勝信さん・丸山真吾さん・村上ゆかさん

訪れると、10人ほどのお年寄りが自分たちの昼食のための準備をしていた。じゃがいもの皮をむく人、にんじんを切る人、混ぜる人。材料は近くの畑で収穫した旬の野菜だ。
料理を作っているお年寄りは認知症を抱えている人もいる。ここは、東京・世田谷区にある「タガヤセ大蔵」。これからの介護の在り方として注目されている地域密着型のデイサービスだ。
タガヤセ(耕せ)の名前通り、ここでは未来の暮らしのための土壌づくりがさまざまな形で繰り広げられている。

プロフィール

安藤勝信さん(左)

世田谷区生まれ。不動産事業を継承し(株)アンディートを設立。古い建物を社会の課題と接点を持たせ、希望の未来に繋ぐ。

丸山真吾さん(右)

社会福祉法人 大三島育徳会に勤務。認知症ケア専門士、介護福祉士であり、タガヤセ大蔵デイでは初代管理者・相談員として携わる。

地域、介護、子育て……分断のつながりをデザイン

タガヤセ大蔵のオーナー、安藤勝信さんがデイサービスの施設を始めたきっかけは、この近くに住む、90歳を超える祖父の介護だったという。
未就学児の子育て中、仕事と介護と子育てのバランスをとる厳しさを感じていた。
2050年には高齢者1人に対し若者1人で支える時代と予想される中、自治体ベースの地域包括ケアシステムが推進されている。高齢者が住み慣れた地域、自宅で最期まで過ごせるように、地元に関わる企業や人たちによる包括的な介護や医療、生活支援サポートをしていくというもの。
自身の現実と向き合う安藤さんにとって「地域の見守り」という意識が生まれた。
「介護、子育て、都市農業、地域など分断されたものがお互いを生かしあうようにゆるくつながったらいいなあと思ったんです」。
安藤さんの未来開拓が始まった。

安藤さんは会社をつくり、家族から建物を買い取って引き継いだものの、駅から遠い築30年の古いアパートは、リフォームしても借り手が見つからなかった。
そこで「介護につなげることができるのでは」と、祖父のケアを担当していた地元の社会福祉法人に相談したところ、地域に根ざすサービスを強化していきたいと考えていたその法人も賛同し連携、そしてタガヤセ大蔵が誕生した。
「やりたい人が、やりたいことができる場所を地域の中で作っていく。それがじわじわ繫がっていったら地域力になると思うんです」と安藤さんは可能性を抱く。

会社員時代、手伝わされるのが嫌だった
畑仕事も、今では暮らしが全部
繋がったことで楽しくなった安藤さん。
娘さんも野菜に大喜び。

相手を理解してこそのぶつかり合い

タガヤセ大蔵の最初の管理者担当になったのが、認知症ケア専門士、介護福祉士の資格を持つ丸山真吾さん。「安藤さんとはよくぶつかりましたよ」と笑いながら振り返る。
気軽に利用できる場にするためにも、あえて福祉っぽくない施設にしたいと考える安藤さんと、安全面を重視した視点は外せない丸山さん。
床ひとつにしても、安藤さんははだしで歩ける無垢材を希望し、丸山さんは、転んだときのためにクッション性のある素材が安全だと、スムーズにいかないことは数知れず。
他人事ではなく自分たちもいずれは高齢者になる。介護の在り方という大きな課題に真剣に取り組む二人だからこそ、ぶつかりながらも未来につながる福祉を試行錯誤しながら3年、ここまで積み上げてくることができた。いまや可能性に満ちた介護施設として注目され、見学者も多い。

畑と料理と軽やかさ

近くに安藤さんが所有する畑があることから、タガヤセ大蔵ならではの特徴は、利用者さんが収穫して料理をするスタイル。
「その日に採れた野菜をいかすメニューを私が考えます」と、料理経験があまりなかった丸山さんは毎日頭をフル回転。メニューだけでなく、利用者それぞれの個性を見極め、負担がかからないよう役割を配分し、限られた時間に調理を済ませなければいけない。
めまぐるしい中でも、全体に目を配り、明るいムード作りも丸山さんならでは。
配膳のときに「みそ汁がまだ来ない」と機嫌の悪いお年寄りに「今リオデジャネイロを出発したみたいですから、もう少し待ってくださいねえ」と軽快なトークで返す。
何度も催促していたそのお年寄りが、最後には「リオデジャネイロからもう来た?」。
心に変化が起きた瞬間だ。
「他の施設だとずっと機嫌が悪いまま。でも、ここでは笑顔を見せる瞬間がある」と身内の方が喜ぶ声を聞いた。「ほんの一瞬でもそんな時間を持てるような空気作りをしたい」と丸山さんは常に優しく明るく根気強く接する。

 

さて、今回のメニューは、丸山さんと利用者の皆さんがその日に収穫した野菜を生かし、丸大豆しょうゆを使って肉じゃが。
「自分たちで料理をするのももちろん意味のあることですが、むしろ、料理を通じてコミュニケーションが生まれることが大事だと思うんです」と丸山さん。
作る過程で交わされる会話に始まり、食べながら「おいしい」「薄い」などの味覚や、「昔は……」と思い出をよみがえらせるなど、食卓はさまざまな要素を派生させる。だからこそ、料理のデイケアサービスに秘めるポテンシャルは高い。

地域の寄合所を目指す
タガヤセ大蔵。
お母さんたちの自転車が並ぶ。

「福祉」は「幸せ」の意味。
人の幸せに使うため、
畑の野菜も福祉的に活用。
無人販売がコミュニティの
架け橋になることも。

丸山さんの軽快なトークの中、それぞれの役割分担で、調理をこなす

肉じゃが(4人前)

・豚肉 150g
・じゃがいも 3個
・にんじん 1本
・たまねぎ 1個
・しめじ 1パック
・だし汁 400cc
・砂糖 大2
・酒 大2
・みりん 大1
・文右衛門蔵丸大豆しょうゆ 大2

①じゃがいも・にんじんの皮をむいて一口大にする。たまねぎはくし切り、しめじはほぐす。
②油を熱した鍋(または深いフライパン)で豚肉を炒め、①を入れて軽く炒める。
③だし汁を入れ、調味料を加え10~15分煮る。

磁石のような幸せの引力

タガヤセ大蔵の2階に、もう一人、安藤さんの引き寄せアンテナが作動した人がいる。
子どもたちに外遊びの楽しさを体験させたり、アートを通じて子どもの創作力を伸ばしたり、地域の子育てに寄り添う活動を長年、幅広く手がけている村上ゆかさんだ。
多摩川の河川敷で環境教育と地域活動をしている『NPO法人せたがや水辺デザインネットワーク』を介して知り合った二人。

「僕は地域で必要とされる活動ができる人をハントするような役割。空き室を借りてもらう前にやりたいことを聞いて、借り手が使いやすいように改修をしていき、その人らしい場を作ります」と話す安藤さん。
村上さんもタイミングを前向きにとらえ、リノベーションに参加。長年続けてきた「食」と「アトリエ」を軸に、子どもも大人も気軽に集まれる場『ゆいまあると3つの磁石』をつくった。
「ゆいまある」は、沖縄の方言で「ゆい」(結い、協同)まある(順番)で相互扶助のこと。「3つの磁石」はイギリスの社会学者エベネザー・ハワードの「田園都市論」からもってきたそうだ。子育てとお年寄り、そして地域という3つが関わるコミュニティづくりの新たな一歩を踏み出した。

「食堂ではなく、普通の台所でいつものように作ったご飯をみんなで食べるんですよ」。村上さんが手がける『どうぞのごはん』。
子育ての楽しさも大変さも共有し合う地域の母親たちが、何だかんだとここに集まり、おしゃべりしながらご飯を食べる。
「だって食べることは幸せにつながるでしょ」。
エリアのリーダー的存在と言われている村上さんの笑顔は愛情がにじみ出ている。 

子どもからお年寄りまで垣根をなくしていく

この日は、「おいしい醤油があるよ」と、『どうぞのごはん』を開催。
心強いサポート役、前田由里さん、韮澤きよのさんも加わり、だし巻き卵に、大学芋、肉じゃが、次々と家庭料理が出来上がる。数組の親子が集い、にぎわった。
せっかくだからと階下のタガヤセ大蔵の調理風景も初見学。

ゆっくりだけれど上手に皮をむく老紳士の手つきに感動するお母さんたち。ラップのやり方に手間取るお年寄りに、思わず手を添える。準備の合間に見学者の似顔絵をササッと描いて、ハイと手渡す絵が得意なお年寄り。
急な見学にも関わらず、そんな関わり合いがほほ笑ましく映る。

「自分の親はプライドが強すぎて、たぶん、こういう場には来られないタイプ。かといって、親が認知症になったら私がずっと向き合えるか自信がないですね。他人には優しくできても親には……。そう思うと地域の見守りの存在は大事ですね」と、その中の一人は今日の交流で痛感したようだ。

「ケアする現場の人たちに最善を求めるのではなく、自分たちが何を感じるか、そして、そこからコトや場を作る行動につながることが大事だと思うんです。そうやって自分ができることを少しずつ持ち寄っていく。地域コミュニティの源ですよね」と安藤さん。

前職がマーケティングだった安藤さんの当時の仕事は、自分の理想から逆算していくやり方。ここではそうはいかない。なかなか思い通りにいかないジレンマ。しかし、逆に、やりたいことは、あるところで手放すことにした。すると、そこに携わっている情熱ある人たちの手によって、自分とは少し角度が違えど、進んでいく先に面白さも出てくる。予想外を楽しめるかどうかが要で、その面白さはまたその先を作っていく。

地域が抱えるテーマを、垣根を越えて共有していくコミュニティづくり。理想形にたどり着くまで長い道のりだ。
「『早く行きたいなら、一人で行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい』最近ね、この言葉がよくわかるようになりましたよ。」
アフリカのことわざを引用しながら、安藤さんはここまで来ることができた道のりを振り返った。
過去のマニュアルにないことにチャレンジしていく。一筋縄ではいかないことは多々あれど、信念と熱意と信頼が、幸せという力強い土壌を着実に耕している。

畑で採れた新鮮野菜がランチの材料に

催し物をするときは手書きで階段下にアナウンス。

ラップに手間取っている姿にそっと手を差し伸べる若いお母さん。

文右衛門蔵を使った『どうぞのごはん』を食べながら、子育て話に花が咲く。

和菓子職人の小澤禎子さんが丸大豆しょうゆを使ってみたらし団子のデザートを。

焼きたてのだし巻き玉子から出汁しょうゆの香りが漂う。

文右衛門蔵はいかがでしたか?

「火が入ると醤油の香りが立つと思いました」と丸山さん。
村上さんは「美味しいし、食品添加物が入っていないのがいいですね」と、母親ならではの視点も。

*村上ゆかさん
タガヤセ大蔵2階でチャイルドアートカウンセラーとして、『子どものアトリエ』を主宰。アトリエの他にも、ごはん会、映画会などを開催。
地域のNPO法人『せたがや水辺デザインネットワーク』メンバー。

取材・文/山本詩野 写真/松本祥孝

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